外宮正殿の参拝を終え、別宮に向う道の脇に、小さくしめ縄に囲まれた三つ石がある。かつてここには宮川の支流が流れていたが、昔の大地震で地形が大きく変わり、川がなくなったと言われている。
戦国時代の1498年(明応7)9月 近畿から東海の広い地方で大地震・大津波が発生、数万人の死者が出た。(明応大地震)伊勢地方でも大津波で1万人以上の死者があり、外宮一帯の地形も大きく変わった。かつては、この外宮にも内宮の五十鈴川沿いにある御手洗場と同じものがあったのではないかと推察される。
三つ石
三つ石の正式名称は「川原祓所(かわらおおはらい)」である。ここは昔の祓所(はらえど)で、修祓(しゅうばつ)の場所、つまりお祓いをするための場所。現在も式年遷宮の儀式において、この場所で川原大祓が行われている。
昔はこの辺りに宮川の支流が流れていたようで、地震により地形が変わってしまったそうだ。名前に “川原” と付いているのは、その名残りなのだ
三つ石は、式年遷宮の儀式で利用する重要な場所である。しめ縄で結界が張られている意味をきちんと理解する必要がある。そもそもしめ縄とは、神域と現世を隔てるために用いられるもの。つまりこの聖域は神の領域であり、しめ縄は単なる立入禁止の防御策ではない。
ネット上では、パワースポットなどと言われ手をかざす向きもいるようだが、このような行為は不適切だ。ましてや賽銭を投げ入れるなどもってのほか、結界の中に入ることも、直接石に触れることも許される行為ではないので要注意。
亀石
外宮正殿前の道を曲がり、別宮の参拝へ向う途中に水路に架かる石橋があるが、この何気ない平たい大きな石は、「亀石」と呼ばれている。たしかに、石橋の端に突き出た部分が、亀の頭に見える。
この石は、三重県下最大の横穴式古墳「高倉山古墳」の入口の石だったと伝えられている。高倉山古墳は、この道を進み多賀宮のある高倉山の頂上付近だそうだが見学は出来ない。
「亀石」の橋を渡り、直進すると多賀宮へ登る階段が見えて来る。杉の大木の左に「風宮」、右に「土宮」があるが、参拝の順序は「多賀宮」が先のようで、多賀宮へは長い坂道を登っていく。
~つづく~

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