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関盛信~亀山城主
関盛信は、伊勢国亀山城の城主として、戦国末期から豊臣政権期にかけて亀山を支配した武将であり、伊勢街道・東海道・参宮交通の要衝・亀山を実務的に統治した人物である。派手な武功で名を残すタイプではなかったが、亀山城と城下町を実 …
下調べ~亀山城
築城と戦国時代 亀山城は、天文年間(1532-1555年)、関盛信によって築かれたとされている。東海道の要衝に位置し、伊勢国(現在の三重県)の重要拠点であった。織田信長の時代には、家臣の関氏や岡本氏が城主を務めた。 江戸 …
旅の記録29.~伊賀上野城
歴史的背景 伊賀上野城は、天正13年(1585)、豊臣秀吉に仕えた筒井定次が、平楽寺・薬師寺のあった台地に築いた近世城郭が始まりだ。三層の天守を備えた威厳ある城で、伊賀支配の拠点として整備された。 関ヶ原の戦いの際、 …
旅の記録28.~松坂城跡
歴史的背景 松阪城は天正16年(1588)、豊臣秀吉により南伊勢約12万石を与えられた蒲生氏郷が築いた平山城である。標高約38mの独立丘陵「四五百森(よいほのもり)」を削り、わずか3年ほどで完成させたと言われる。 氏郷は …
旅の記録27.~田丸城跡
1月中旬、帰省の帰りを利用して田丸城跡を訪れた。昨年二度の伊勢街道巡り旅をすることで、かつてはここ田丸というところが、松坂、白子と並んで、紀州藩の領地であったことを知り興味を掻き立てられた次第。 新宮から特急南紀4号に乗 …
小耳情報11. ~桂昌院
桂昌院(1627~1705)は、徳川5代将軍・徳川綱吉の生母で、のちに従一位まで昇った人物である。もともとは京都の町人の娘とされるが、将軍生母として絶大な影響力を持っていた。仏教信仰(特に日蓮宗)で知られるが、伊勢神宮へ …
小耳情報10.~ 荒御魂・和御魂
伊勢神宮内宮における荒御魂(あらみたま)と和御魂(にぎみたま)は、神道の重要な神霊観を表す概念である。 和御魂(にぎみたま)とは、神の穏やかで平和的な側面のことを言い、恵みを与え、日常的な平安や豊穣をもたらす守護する働き …
小耳情報9.~ひしゃく一本でお伊勢参り
ひしゃく一本で伊勢参り! 「お伊勢さん」こと伊勢神宮への参拝は、江戸時代に庶民の間で一大ブームとなった。しかし、当時の人々にとって伊勢参りは決して容易なことではなかった。長距離の移動にはお金がかかるし、身分制度も厳しく、 …













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