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旅の記録29.~伊賀上野城
歴史的背景 伊賀上野城は、天正13年(1585)、豊臣秀吉に仕えた筒井定次が、平楽寺・薬師寺のあった台地に築いた近世城郭が始まりだ。三層の天守を備えた威厳ある城で、伊賀支配の拠点として整備された。 関ヶ原の戦いの際、 …
旅の記録28.~松坂城跡
歴史的背景 松阪城は天正16年(1588)、豊臣秀吉により南伊勢約12万石を与えられた蒲生氏郷が築いた平山城である。標高約38mの独立丘陵「四五百森(よいほのもり)」を削り、わずか3年ほどで完成させたと言われる。 氏郷は …
旅の記録27.~田丸城跡
1月中旬、帰省の帰りを利用して田丸城跡を訪れた。昨年二度の伊勢街道巡り旅をすることで、かつてはここ田丸というところが、松坂、白子と並んで、紀州藩の領地であったことを知り興味を掻き立てられた次第。 新宮から特急南紀4号に乗 …
小耳情報11. ~桂昌院
桂昌院(1627~1705)は、徳川5代将軍・徳川綱吉の生母で、のちに従一位まで昇った人物である。もともとは京都の町人の娘とされるが、将軍生母として絶大な影響力を持っていた。仏教信仰(特に日蓮宗)で知られるが、伊勢神宮へ …
小耳情報10.~ 荒御魂・和御魂
伊勢神宮内宮における荒御魂(あらみたま)と和御魂(にぎみたま)は、神道の重要な神霊観を表す概念である。 和御魂(にぎみたま)とは、神の穏やかで平和的な側面のことを言い、恵みを与え、日常的な平安や豊穣をもたらす守護する働き …
小耳情報9.~ひしゃく一本でお伊勢参り
ひしゃく一本で伊勢参り! 「お伊勢さん」こと伊勢神宮への参拝は、江戸時代に庶民の間で一大ブームとなった。しかし、当時の人々にとって伊勢参りは決して容易なことではなかった。長距離の移動にはお金がかかるし、身分制度も厳しく、 …
小耳情報8.~ 籾種石
籾種石〈もみだねいし〉 内宮・正宮にお参りしようと目の前の階段を見上げた時、参道の左側石垣の一番下にひと際大きな石(岩)がある。最近、お城の石垣に興味が出て、各地の城跡を訪ね始めていることもあって、とても気になる。 正宮 …
小耳情報7. ~すりあわせ技法
式年遷宮に合わせて20年ごとに架け替えられる宇治橋の工事には、船大工が持つ特殊な技術が用いられる。宇治橋は、文化的象徴性と木造建築技術の粋とが融合した存在だと言える。ここでは、すりあわせ技法について紹介する。 すりあわせ …
小耳情報6. ~宇治橋の架け替え
2025年12月16日 小耳情報
伊勢神宮の宇治橋は、式年遷宮に合わせて20年ごとに架け替えられる木造橋で、現在の制度は明治22年(1889)から続いている。戦後の混乱を経て、遷宮の4年前に架け替える慣例となった。 宇治橋の基本情報 – 場所 …
小耳情報5. ~三つ石と亀石
外宮正殿の参拝を終え、別宮に向う道の脇に、小さくしめ縄に囲まれた三つ石がある。かつてここには宮川の支流が流れていたが、昔の大地震で地形が大きく変わり、川がなくなったと言われている。 戦国時代の1498年(明応7)9月 近 …














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